【もし21歳の時にありったけの勇気を出して渡米していなかったら】

 

おはようございます!

 

今週から僕がいる某テニスアカデミーで通常の生活が始まりました。生徒達は午前中アカデミー内にある学校に行き、午後からテニスの練習が始まるという生活です。一方で僕は、平日の月曜日~木曜日のうち、1回だけ午前の仕事があり、それ以外はオフで、午後は全て仕事です。金曜日は生徒達は学校がないので、午前からテニスの練習があり、僕も午前から仕事が始まります。

 

土日は、今年の1月から7月ぐらいまではほぼずーっと仕事が入っていてオフがありませんでした。1日完全にオフというのが今年に入って恐らく両手で数えられるぐらいしかありません。でも、8月に入ってから1日完全にオフというのを少し作っていただき、それがたまらなく嬉しかったのですが、オフの過ごし方は、どこかへ遊びに行くことは一切せず、疲れを取るために1日ずーっとベッドで休んでいる感じです。笑

 

基本、僕の生活は大まかにこのようなルーティーンの中で回っています。

 

アメリカにいる、この2年9ヶ月もの間は、遊ぶことは全くせず、テニス漬けの毎日を送っています。まさかそんな生活を送っているなんて、渡米前の21歳の時の僕は全く想像できませんでした。

 

もし21歳の時にありったけの勇気を出して渡米していなかったら今頃の僕は何も考えることなく、嫌なことがあったらバレないようにこっそり逃げて逃げて逃げまくって、とにかく1日をやり過ごすことだけ考えて生きていたと思います。

 

夢なんか思い浮かべることすら無かったと思います。自分が本当に心の底からやりたいことを押し殺して、誤魔化しながら生きていたと思うので、きっと生きづらさを感じて、どんどん苦しくなっていく自分が想像できます。さらには、何かに没頭している人を見かけたら、その人に対して嫉妬心で溢れかえっていたと思います。そして、そんな自分でいるのが情けなさすぎて、自信を失い、どんどん自分の事が嫌いになってしまっていると思います。そして、どんどん自分の殻に閉じこもって、そんな自分を見られたくないので友達にも会うことができず、挙句の果てには外に出ることが怖くなって、引きこもりになっていたと思います。

 

そう思うと、本当に渡米してよかったな心の底から思います。それでも、渡米するときは相当な覚悟を要しました言葉では簡単に思えますが、現実的には、そんな簡単なものではありませんでした。

 

その時は、もうありとあらゆるものを捨てる覚悟でした。家族を捨てて、友達を捨てて、一浪してまで入った薬学系の大学も中退して、もう自分には何も残っていない状態で、渡米しました。その時の僕は、今思えば、怖いもの知らずだったなと思います。無知だったからこそ、良かったと思います。根拠無き自信だけが誰よりもありました。それも「俺は絶対世界一のテニスプレーヤーになってやる!いや、俺なら絶対なれる!」そうやって、自分を120%信じて渡米しましたとにかくその時の僕は異常でしたね。笑 エネルギーが半端なく有り余っていたので、誰にも僕を止めることは出来なかったと思います。笑

 

渡米する前もした後も、「自分がこの先どうなるか?」なんてことは一切考えていなかったです。とにかく覚悟だけ決めて自分の夢「世界一のテニスプレーヤーになる!」を叶えるこれだけを自分の原動力にして、とにかく1日1日死ぬ気で生き抜いていました。

 

両親とはアメリカでテニスをするのは1年間という約束だったので、その後、もし自分の夢に向かって突き進みたいのなら、自分でお金を貯めてやりなさい」と言われていました。でも、そんなのは全く念頭には無くてとにかく1日1日を必死に生き抜く事だけに必死でした。

 

初めてここ某テニスアカデミーに来て感じたことは、皆んなのレベルが想像を超えて遥かに高いということでした。それが衝撃的過ぎて、しかも自分より5歳も6歳も7歳も若い子たちが当時の僕からしてめちゃくちゃ上手に見えたので、正直不安だらけでした。でも、だからと言って「俺はもうだめだ…俺には無理だ…」とは決してなりませんでした。

 

僕が当時強く思ったことは、今でも忘れないのですが、

「絶対、行動で示してやる!!絶対、周りに認めさせてやる!!」でした。

 

なぜ、そういう気持ちが自然と芽生えたのか?

 

それは父親の影響だと断言できます僕の父親は反骨精神の塊だと思っています。僕の父親の一番尊敬できるところは、「例えどん底に落ちてもゾンビのように絶対這い上がってやる!!」そういう力強い精神を持っているところです。それを父親から直接聞いたわけではありませんが、父親の言動を見ていて、凄く伝わってくるのです。もちろん、父親との会話は僕がアメリカに渡米して成長してから、より真剣な話をするようになったのですが、その会話の中でもヒシヒシと伝わってきます。

 

父親は大企業の中でもトップの会社に勤めていてそこの人間の質はどういうものなのか、父親からちょくちょく聞いています。それを聞くと、その中で戦ってきた父親が偉大すぎて正直「凄い…」という言葉しか出てきません。きっと僕もやろうと思えばできると思うのですが、正直尋常じゃないほどのエネルギーを要すると思うので、やりたくないです。それを家族のため、とか、きっと色んな理由をつけて逃げることなく仕事を全うしている姿が本当にカッコいいです。

 

だからこそ、僕にとって父親という存在は、物凄く大きいのです。「この世で一番尊敬している人は?」と聞かれたら、僕はきっと迷うことなく、「父親」と答えるでしょう。それは父親と小さい頃から話すことは少なかったのですが、父親の言動沢山の大切なものを教えてくれたからです。

 

僕に「絶対に諦めないド根性」が備わっているのは、父親背中で教えてくれた以外に他ありません。

 

本当に心から感謝しています。

 

それがアメリカに来て、厳しい環境の中で、厳しい師匠を通して、より開花したのだと思います。

 

実は、僕は17歳(高2の途中)から挫折を味わい始めて、「俺の存在って何なのだろう?俺が生きている意味って何なんだろう?」沢山考えてきました。アメリカに来ても、ふとそういう風に考えることがあります。それは、それだけ真剣に自分の人生について考えているからそのような哲学的なことを考えるのだと思います。僕の中で、目的もなく無駄な時間を過ごしているのが嫌いなのだと思います。せっかく生きているなら目的をしっかり持って力強く突っ走りたい気持ちが強いのだと思います。でも、それを沢山繰り返してきて、「もう本気で生きるのはやめようかな?」とかも沢山思ってきました。それでも、今こうしてアメリカで1日1日本気で生き抜くことが出来ています。もちろん僕も皆さんと同じ人間ですので、「面倒だなー。今日はだるいなー。何も考えずに生きていきたいなー。」と思うことは沢山あります。それも含め、“今”をしっかり生き抜けている事には変わりありません。

 

それを叶えてくれた家族には本当に頭が上がりません。

 

きっとこれからも自分の存在意義を考えることは絶えないと思います。でも、それは良いことだと思っています。自分の人生に対して、本気だからこそ、諦めていないからこそ、そのような事を真剣に考えられると思います。

 

今は、大きな夢「1人で世界を旅する!!」があるので、それに向かってとにかく自問自答1日も欠かすことなく継続し続けて人間としてより成長していきたいと強く思っています。

 

「自分を磨くにはどうしたらよいか?」それを常に念頭に入れて、日々を真剣に生き抜いていきたいと思います!

 

アメリカ生活、実際問題厳しいことばかりですが、自分と向き合える最高の環境自分をより鍛えられるので、僕は幸せに思っています。今の環境で、とことん自分自身を成長させる努力日々していきたいと思います。

 

何か迷ったら、僕が必ずすることがあります!

 

それは、シンプルです。

 

ランニングです!!ランニングをしていると夢に向かって走っている感覚になるのです。きっと僕は、夢に向かって走り続けている自分が好きなのだと思います。そうやって生きている自分は、活き活きしている自分自身で感じられてさらにエネルギーが湧き上がってくるので、楽しいのだと思います。何より、「俺は生きてる!」と感じることが出来るので、それが一番幸せなのです。夢が僕に生きる力を与えてくれるのです。

 

僕の生き方が、1人でも多くの人に勇気希望を与えられるように日々精進していきます!僕はまだ24歳ですが僕だからこそできる事は必ずある強く信じています!僕の行動一つで、誰かの人生が少しでも明るくなるのなら、それは本望です!

 

頑張ります!!

 

By Go

 

go_oceans28

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です